初夏だけのひと皿、霧笛楼の『枇杷デザート』が生まれるまで

2023年冨浦枇杷
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霧笛楼と枇杷のはじまり

季節を感じてほしいから。
手間をかけても届ける価値がある

「最初にびわをデザートに使ってみようと思ったのは、もう20年くらい前になります」
そう語るのは、霧笛楼総料理長・髙田シェフ。

「うちの料理は『旬を大事にする』のが基本です。
旬と言っても、1ヶ月ぐらいのものもあれば、2週間くらいしかない食材もある。
でも、短いからやめようじゃなくて、短いからこそ、届けたいと思うんですよ」

そんな時に出会ったのが、びわだったという。

「正直びわの扱いは簡単ではありません。
皮をむいて種を取る手間もあるし、すぐに変色してしまう。
それでいて果肉が少ないというのが料理人泣かせで。普通なら敬遠される素材かな。
でも、当時の総料理長(今平)と、他がやっていないならうちでやってみよう!
とチャレンジすることにしたんです」

びわを支える組み合わせを探して

「実は、初めてびわを使った20年前から、基本の構成はあまり変わっていないんですよ」

びわをフレッシュコンポートにし、色の劣化を防ぐために真空状態に。
味を均一にするための薄いシロップを使い、その香りを生かしたジュレに仕立てる。

「びわ自体は主張が強くない。だからこそ何を合わせるかが重要だと。
最初からココナッツと杏仁の組み合わせがいいだろうなと思って。
香りと食感を重ねて、びわがふわっと前に出てくるように工夫しています」

一つひとつの素材が主張しすぎず、それでいて確かな存在感を持って調和する。
絶妙なバランスで、その年のびわデザートを完成させる。

ココナッツのカリカリとした食感
アマレットが香る杏仁のアイスクリーム
酸味のあるアメリカンチェリーのソース

「2025年のびわデザートは、びわのゼリー、ココナッツ、杏仁、チェリー。
交互に食べると、びわの繊細な香りがちゃんと最後に残る。今年も良いバランスにまとまったなと安堵しています」

余談のおはなし
種を割って気づいた「香り」の話

近年、びわの種に含まれる「アミグダリン」を多量摂取すると、健康を害する恐れがあるとして農水省が注意喚起を行っています。当店のデザートも、現在では杏仁を主原料にしたアマレットリキュールを使って、香りをアイスに移す方法へと変更されていますが、当時のシェフの驚きと感動が伝わるエピソードです。

びわを知る―産地とのつながり

産地によって変わる、びわの個性とその整え方

霧笛楼で使われるのは、長崎・茂木びわと千葉・房州びわの2種類。

長崎のびわは小粒ながら甘みが濃く、収穫時期も早いため、霧笛楼では毎年5月下旬と6月後半に登場する。
安定した供給が可能なため、びわデザートの“はじまり”と“締めくくり”を支える存在だ。

長崎・茂木枇杷(2025年)
2025年の初夏メニューも長崎・茂木びわからスタート

一方、千葉・房州びわの旬は短く、輸送時に傷みやすいため、県外のスーパーなどにはほとんど流通しない。
毎年6月初旬から中旬頃に収穫期を迎え、果実は大粒で瑞々しく、ピンポン玉のようにふっくら丸くて果肉が厚い。
数ある品種から選んだ『田中』は、甘味酸味のバランスが良く、霧笛楼のびわデザートにぴったりだ。

房州枇杷のカゴ盛り(右寄り)
2025年 6月初旬の農園の様子
2025年6月5日 千葉・富浦の農園訪問レポートが届きました

訪問日は快晴!ふっくら大粒、綺麗な果実が順調に育っているそうです。(写真の品種は大房)

その年ごとのびわの出来栄えや、品種ごとの個性を見て、シロップの濃度や火入れの時間を変えて仕上げている。

千葉・富浦のびわ農家
和泉澤さんとの出会い

千葉・富浦にある和泉澤農園とのご縁が生まれたのは、今から2年前のこと。

きっかけは、横浜市立市民病院の平野先生との交流だった。
先生のご親族に、千葉でびわの生産をされている方がいると聞き、紹介を受けて訪ねたのが和泉澤さんだった。

和泉澤さんは、皇室に献上されるびわを育てる、200年以上の歴史を持つびわ農家。
極めて希少なびわは、市場にほとんど流通しない。

「行ってみたら、もう、びっくりですよ。歴史もすごいし、味もすごい。
これは、ぜひうちで使わせていただきたいと思いました」

和泉澤さんのびわの木は、山の斜面に生えている。
崖に梯子をかけ、ひと枝に実った4〜5個の中から“育てたいひとつだけ”を残して、あとは間引く。
その上で、一果一果、手作業で袋をかけ、虫や風から守る。
この作業を毎年、何百本という単位で続けているという。

「びわを使い続けていたら、びわに詳しい人と繋がった。すごく不思議なんですが、全部が繋がっているんですね。
こういうご縁があって、霧笛楼でびわのデザートが続けられていると思います。本当にありがたいことです」

余談のおはなし
枇杷が運ばれた「海の道」―房州と横浜を結ぶ、もうひとつの物語

びわが横浜に届くのは、偶然ではないのかもしれません。
かつて千葉・房総から横浜へは、舟運による物資の輸送が行われていました。農作物や魚介類を積んだ船は、堀川沿いの船着き場に荷を下ろし、地域の暮らしを支えていたといいます。
一枚の浮世絵には、「本場 横濱」と記された帆とともに、かごいっぱいの房州びわを運ぶ様子が描かれており、当時の生きた流通の姿を今に伝えてくれます。

「びわを通じて、人と土地と時代がつながっている。そうやって支えてくれた地域の人たちがいたから、今がある。びわを通して、その繋がりまでをも感じてもらえたら嬉しいですね」
(浮世絵提供:和泉澤さん)

お客様へのメッセージ

霧笛楼総料理長髙田

「とにかく短い旬なので、本当に限られたお客様にしかお届けすることができないんですけれども、
このびわの繊細な味を活かした調理法で、喜んでいただけるデザートになっていると思っています。

コースを通して旬を感じて、“忘れられない初夏のメニューでしたね”と楽しんでいただけたら。
今年のびわでしかできないかたちで、しっかり作り上げたいと思っています」

2025年初夏のびわデザート(全コース共通)

『びわのコンポートのゼリー寄せ
アマレットのソルベとバニラのムース
アメリカンチェリーのソースと共に』

期間2025年5月21日(水)〜6月末頃まで

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